2015年09月06日

鹿角のトーテムポール

 トーテムポール。 もともとは北太平洋岸のカナダ先住民族が立てたものですが、昔、学校の片隅にこれがあったと思い出す人は多いのではないでしょうか?
 鹿角にも昭和の時代のトーテムポールが残っている学校があります。

 草木小学校です。 ご覧の通り白亜の殿堂、立派な校舎です。 対照的に、見落とされがちですが校門の手前、桜の木の陰に人知れず立っています。(画面左です)



 いつから立っているのか、はっきりしません。 学校に記録もないようです。 しかしまだ色が鮮やかに残っています。 いずれ、校舎よりは草木の古株です。 目立ちませんが、桜の花の頃には注目されるのでしょうか? お顔をアップでどうぞ。 立派ですね。 (左はクリックすると画像が大きく鮮明になります)










 




 続いては花輪第二中学校です。 こちらも目立たないところにあります。 現在の校舎の県道をはさんで向かい側(プールや野球場のある方)、旧校門の右裏側に立っています。 こちらは長い年月、太陽の光を浴びてほとんど色が残っていません。 しかし、色はなくとも中学生が制作しただけあって立派な面構えです。 (左はクリックすると画像が大きく鮮明になります)











 


  花輪第二中学校さんから古い卒業アルバムを見せていただきました。 この風景、45歳以上の方々には懐かしいのではないでしょうか。 すると!昭和56年当時、旧校舎とともに校門横に屹立しているではありませんか。(右下です) 場所も現在とは北側に数メートルずれています。


                                                                                                      アップすると、制作して間もないことがうかがえます。 色鮮やかですね。
 なぜ、日本全国、トーテムポールが学校にあるのかいろいろ調べてみますと次のようなことでした。
 昭和30年代後半から全国の電信柱が木製からコンクリート製に切り替わった際、不要となった電柱を希望に応じて学校に無料で払い下げたのだそうです。 学校では図画工作・美術の授業や卒業制作等に活用したとのこと。 なるほど、その通り、根元付近には電柱時代の黒いコールタールが表面に残っています。

 鹿角ではおそらくこの2体だけになったと思われます。 どのくらい価値があるかは分かりませんが、作った人たちにとっては懐かしいものでしょう。 じゃまにならず危険でもなければ残しておいてほしいですね。

                         浦島次郎でした。 




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Posted by のんびり探検隊2 at 09:00│Comments(0)文化学校
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