2015年01月31日
八幡平駅舎解体!
1月28日の昼下がり、大里から小豆沢の大日堂を過ぎ、酒屋さんの角を右に入るとそこには八幡平駅が・・・・
と思ったら、衝撃的な風景が!!
何と、八幡平駅が解体されているではありませんか! 許可をもらって撮影です。2日後くらいにはきれいになくなるということです。
話には聞いていたものの、いざ解体となると・・・・さびしいですね。
ちょうど、そこに湯瀬温泉方面から列車がやってきました。降りてきたおばさんがホームから駅舎に入れず困っていたので、外への通り道を教えてあげました。
取り壊されている駅舎の左となりにプレハブの臨時待合所がありました。工事中であっても列車は来ますものね。中に時刻表やいすがありました。
工事現場で古い堅紙の切符を発見。日付けが2つ印字してあるので試し押しだったのでしょうか。はさみも入れてあります。国鉄時代の湯瀬駅から140円のもので昭和58年ですから、当時の料金体系を考えると陸中花輪までの切符であったでしょうか?
昭和6年の開業以来、「小豆沢駅」「八幡平駅」と名を代えて多くの学生、通勤客、観光客を迎え、送ってきた駅舎。八幡平観光の玄関口としても大いににぎわっていたはずです。
現駅舎もいつ建てられたのか分かりませんがかなり古いです。3月末には同様に新築された末広駅のようにこぎれいな待合所になるのでしょう。今まで本当に長い間、お疲れ様でしたという気持ちです。
浦島次郎でした。
と思ったら、衝撃的な風景が!!
何と、八幡平駅が解体されているではありませんか! 許可をもらって撮影です。2日後くらいにはきれいになくなるということです。
話には聞いていたものの、いざ解体となると・・・・さびしいですね。
ちょうど、そこに湯瀬温泉方面から列車がやってきました。降りてきたおばさんがホームから駅舎に入れず困っていたので、外への通り道を教えてあげました。
取り壊されている駅舎の左となりにプレハブの臨時待合所がありました。工事中であっても列車は来ますものね。中に時刻表やいすがありました。
工事現場で古い堅紙の切符を発見。日付けが2つ印字してあるので試し押しだったのでしょうか。はさみも入れてあります。国鉄時代の湯瀬駅から140円のもので昭和58年ですから、当時の料金体系を考えると陸中花輪までの切符であったでしょうか?
昭和6年の開業以来、「小豆沢駅」「八幡平駅」と名を代えて多くの学生、通勤客、観光客を迎え、送ってきた駅舎。八幡平観光の玄関口としても大いににぎわっていたはずです。
現駅舎もいつ建てられたのか分かりませんがかなり古いです。3月末には同様に新築された末広駅のようにこぎれいな待合所になるのでしょう。今まで本当に長い間、お疲れ様でしたという気持ちです。
浦島次郎でした。